自己紹介

こんにちは。こちらのページをご覧くださり、ありがとうございます。

「答えは自分の中にある」
「絶望の隣には、いつも希望がある」

私が心理学や傾聴、カウンセリングを学んだ中で、一番の土台であり、好きな言葉です。

”カウンセリングルーム あかり” 
私のカウンセリングルームにそう名付けました。

悩み、怒り、後悔、絶望し、どんなに傷ついても、それでも生きようとする身体。
「生きる選択をしてきた」とまでは言えない、そんな強い意志ではないかもしれません。

ただ、傷ついて絶望しきった内臓に、ほんの少しだけ感じた、吸い込んだ空気。

ここにある「生きている」というまぎれもない事実に、ほんの少しあかりを灯せたら。

ほんの少しでも、進む道が浮かんで見えたら。

もしかしたら、わたしたちはほんの少し、希望が持てるのかもしれない。

カウンセリングの神様と呼ばれる「カール・ロジャーズ」。
その来談者中心療法のひとつ、あたたかい傾聴的な関わりを一番大切にしています。

安易なアドバイスや、評価やジャッジのない対話の中で、
「何を思ってもいいんだ」「何を言ってもいいんだ」
この感覚が、生きづらさを癒していく過程で本当に大切だと実感しているからです。

プロフィール

伊藤春佳(はる)
心理カウンセラー/セラピスト

広島生まれ、今は岡山で暮らしています。

私は、父のアルコール依存症や母のうつ、自分自身の生きづらさと向き合いながら育ちました。

元々、色々なことを深く感じてしまう、繊細な気質があります。(自分で言うのはなんかちょっと抵抗がありますね)。

小さなころから内側と外側のギャップに苦しむ

今でこそ、自分の本音と行動を
一致させる「自己一致」を大切に、
以前よりは自分のことを表現できるようになりましたが、

昔の私はいつも周りの顔色を窺って、自分の本音を押し殺してばかりいる「こじらせの天才」でした。

とても内向的な子どもでした。授業中に手を上げたことはありません。
漫画やアニメ、ゲームの世界に没頭していました。

ポーカーフェイスと演技力が身に付き、いざ相談しても、
「周りからは楽しくやっているように見える」ことで
深刻にとらえてもらえませんでした。


無自覚のモヤモヤばかりが
腹にたまっていき、
長い間、体調の良い日があまりありませんでした。
理由が分からない不安が
いつもつきまとっていました。

アルコール依存症の父とうつの母

アルコール依存の父と、うつ病の母の元で育った幼少期でした。

父親からは毎日のように嫌味や悪口を言われていました。
バカ、アホ、デブ、臭い、毛深い、手遅れ、などと言われていました。

母親は、情緒不安定で、経済的な自立ができないため、父親に逆らえないようでした。
よく不機嫌になり、私は頻繁に八つ当たりの的になっていました。

そんな両親は、私に対して「とても明るくて天真爛漫で聞き分けの良い子」を求めていました。
私は本来の内向的な自分ではなく、何を言われても傷つかないフリをして、なるべく明るく振る舞いました。
 

「不安を感じても言えない」
「私には価値がない」
「場を調整しなければいけない」
 
そんな諦めの前提と信念を、小さな心の中にずっと抱えていました。
 

「生まれてこなかったことにしてほしい」
 
これは、酔っぱらった父親に
身体を触られたときに思ったことです。

精神的な分離は兄の死にも何も感じない麻痺を起こさせた

自分と自分が分離したような感覚になり、いつしか感情をあまり感じなくなりました。
ポーカーフェイスが板につき、色々な人間関係で自分を偽っていたと思います。

嫌なことを嫌だと言えず、いつもニコニコしていました。
軽度のうつにもなりました。

私が24歳のときに兄を自死で亡くなりました。
その時でさえ、私はあまり感情を感じませんでした。
私はずっと死にたいと思っていたので、「先を越された」と思ったんです。

「最愛の息子を亡くした、私の母親を支えなければ」という一心で生きていました。
私は母から「産まなきゃよかった」などと言われましたが、「それだけ母は辛いんだ」と、自分に言い聞かせていました。
母とは共依存関係でした。

でも、結婚し、離れたところに移住して、物理的に親と距離ができました。

「結婚を喜んでるわけじゃない!!」と、電話で母は叫びました。

周りの人からは「お母さん、寂しいんだね~!」と言われましたが、
寂しかったら子どもを傷つけてもいいの?と、疑問が湧きました。

移住先で、自分でも訳が分からず毎日泣いていました。
ある日、心理的ストレスが限界にきた感じがして、「壊れそう」という心の叫びを聞きました。
  

明かりすら見えない、
深くて暗い井戸の底。

「私はここから一生出られないんじゃないか」

本気でそう思っていました。

最後に1回だけ頼ってみよう

「どうせ私なんかいなくなればいい」
「私が消えたほうが、平和なんだ」

そんなことを毎日考えていました。

そんな私が、人生のどん底から抜け出すきっかけになったのは、
壊れる前に思い切って
「最後に1回だけ頼る勇気」を出して、カウンセリングを受けたことでした。

何を話せばいいのか分からず、かなり長く沈黙したと思います。
でも、何か言ったときに、カウンセラーさんが伝え返してくれて、
私は生まれて初めて、「ちゃんと私が言ったことを聞いてもらえた」という感覚になりました。

そこからカウンセリングを受けたり、心理学を学び始めました。

自分と自分が分離するような、自分が自分ではないような、
自分をいつも斜め上から見ているような、
そういう感覚でいるときは、気持ちを感じることができませんでした。

その時は「辛い」とすら感じていませんでしたが、
少しずつ自分の本音に気づいていく中で、
自分が自分ではない感覚でいることは、ものすごく大きな負荷だったと思います。

時間をかけて少しずつ自分をとり戻していった

そこから私の世界線は、少しずつ変わり始めました。
 

無理にポジティブになる必要はなく、

ただ、自分を縛っていた余計なフィルター(色眼鏡)を少しずつ外していき、自分の感覚を優しく取り戻していく。
 

「嫌だ」「心地良い」
そんな小さな感覚を一つずつ言葉にしていくことで、何年も私を苦しめていた「生きづらさのパターン」が、少しずつ溶けていきました。

だからこそ、私はいま「自己一致」という、自分が感じていることを自分が分かっているという感覚を、とても大切にしています。

自分が暗闇から自分の人生を取り戻せたからこそ、私は、私の元へ来てくれた方の内側にある「良くなる力(生命的叡智)」を100%信頼しています。
 

終わらない一人反省会に疲れてしまったとき、
人に振り回されてモヤモヤするとき、
 

いつでもあなたの心の止まり木になり、暗闇に優しい明かりを灯して待っています。

私が抱えている「生きづらさ」「インナーチャイルド」を学びながら癒した経験から、

カウンセラーとして、タロットセラピーや講座を通して、
「ずっとモヤモヤしたものを抱えている」
「敏感で疲れやすい」
「人のために生きてきたけど、もう疲れてしまった」というような、
繊細な方たちの心と体を癒すお手伝いをしています。

繊細な人、HSP気質の人が、自分を抑えたり我慢せずに、思い切り表現ができるよう、サポートします。

オーガニックオイルトリートメントや心理ワークも取り入れながら、
自分らしい心地よさを取り戻し、日々を少しでも楽しく過ごせるようにサポートしています。

もし「ちょっと誰かに話してみたいな」と思ったら、
気軽に声をかけてくださいね。
  
 

長くなってしまいましたが、
最後まで読んでくださり本当にありがとうございます。
 

これから、どうぞよろしくお願いします✨