「私が救わなきゃ」と思っていると、
救ってもらいたい人が来る。
「大丈夫、この人は自分で進める」と思っていると、
今は難しくても、自分の足で立とうとする人が来る。
これ、ちょっと厳しく聞こえるかもしれませんが、
関係性ってけっこうシンプルで、正直だと思う。
「助けたい」と思う気持ちは、もちろん、やさしさ。
間違いなく、やさしさ。
誰かの力になりたい、支えたい。
その想い自体は、とても自然なものです。
でも同時に、
「この人は一人じゃ難しいかもしれない」
という前提が、どこかに含まれている場合もある。
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その前提で関わると、
無意識に手を出しすぎたり、
相手の“できる力”を見落としたりする。
ここがとても難しいところ。
どのくらい助けたら良いのか?
どのくらい距離をとったらいいのか?
そもそも自分にそんな影響力あるのか?
誰かの役に立てるのか??
救おう救おうとしていると
結果的に、「助けてもらう関係」が出来上がっていく。
その一方で、
「大丈夫。この人はちゃんと進める」
「今は難しいかもしれないけど、立ち上がれるときがくる」
そう信じて関わると、
これが不思議なことに、すぐに手を出さなくなる。
余白のある関係になる。
間をおけるようになる。
そうすると、その人自身も、自分の足で立とうとし始める。
どっちが正しいとか、間違っているとか、そんな単純な話ではないです。
ただ、
自分がどんな前提で人を見ているかで、
どんな関係が育つかは変わっていくと思う。
「助ける」ことも優しさ。
でも、
「信じて任せる」ことも、同じくらい優しさ。
人は、自分が思っている以上に、力を持っているとも思うし、
これは自分にも言えることだと思う。
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