また無垢な子どもで会えたらいいな。自死で亡くなった兄へ

2011年に兄を自死で亡くしました。

それから14年が経って、色々な思いや考えを巡らせてきました。

この記事では、特に解決とか解消ではなく、今現在の私の気持ちを綴っています。

当時のことを書いた記事はこちら。

兄は亡くなったとき、28歳でした。

私は現在38歳。とっくに兄の年齢を追い越しました。

兄が亡くなったとき、私は24歳でした。

目次

兄がいない時間が増えていく

当たり前だけど、私が生きるほど、兄がいない時間が増えていく。

兄が亡くなったころ、私の感情は麻痺していて、悲しいとかも感じなかったし「驚き」さえも感じなかった。

少し前、ようやく「兄ちゃんがいなくて寂しい」って思って、本当の意味で初めて泣けた。

これは私にとってすごいことだった。心がほんの少しだけ、軽くなった感覚もあった。

でも、もっと深いところ。悲しいとか苦しいとか怒りとか、まだまだ感じきれてない「まだ何かある」という気持ち悪い感じも持ってる。

ふわふわ宙ぶらりんな浮遊感もある。

兄がいない時間を過ごすごとに、私の中の思い出に頼るしかなくなっていく。

むなしさと一緒に生きていく

思い出に頼るしかないというのは、それはもうほとんど妄想の域だという「空を掴むむなしさ」がある。

たくさんの出来事はあったはずだけど、記憶はほんの一部だけ。

その一部を何回も思い出すから、より強烈になっていく思い出もある。

一通り思いを巡らせると、なんとなく泣きそうにはなる。

でもまた、何もなかったように、何食わぬ顔で、日常にぬるっと戻る。

それもまた、むなしさのポイントが貯まる。

私のなかに「日常を生きるただの人」という顔と、「気持ちも夢も希望も兄ちゃんの骨壺の中にでも入れてきたような生気のなさ」という顔、両方がある。

こういう文章を書いていると、「暗っ!!」って笑っている。

なんだかもうよく分からない状態。でも、これが全部自分。

全部一緒に連れていく。

ただの純粋な子どもでまた兄ちゃんと遊びたい

今、もし兄ちゃんと会えたとしても、まだまだ笑い話とかできない気がする。

死にたいと思ってたのはいつから?とか、
私、お母さんに「兄ちゃんが死んだのはあんたのせい」って言われたんだけど。めっちゃひどいよね。

今は、こんなことを言いたくなる。

でも、仲良くしたいから、子どものころに還ってただただ遊びたい。

4歳上の兄にからかわれてもバカにされてもいい。

ゲームとか、将棋とか、オセロとか、昔してた遊びをもう一回してみたい。

オセロなんて、最初っから私が角四つ取った状態でスタートするというスーパーハンデをもらっても、兄ちゃんが勝ってた(笑)

特に私は負けても悔しくもない。ただ一緒に遊ぶことが好きだったから。

「ぷよぷよ」で30回負けようが、特に1ミリも悔しくない(笑)

ただただ、楽しかったあの頃をもう一度。

妄想では暗いほうへいっちゃうから、あんまり楽しめないからね。

なんだか最近は、こんな風に感じています。

年末年始が近づいていることと関係あるのかな?別にないか~。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

会いたい―自死で逝った愛しいあなたへ―

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