兄が自死で亡くなってから世間のイベント事への興味が薄れた話

100%が兄のせいではないとは思う。

年末年始のソワソワした感じ、クリスマス、バレンタイン、色々。

元々私は、仕事はサービス業ばかりなので、世間のイベント事や、大型連休などは働いていた。

それもあってか、ちょっとひねくれた考えも加わってか、あまり興味はなかった。

それでも、クリスマスは、ケーキを食べられる理由ができるから嬉しかった(笑)

それなりに、友人付き合いで「よく分かんないけど、なんとなく楽しいのかな」という感じでイベント事をこなしてきた。

だって、寒いのに、人も多いのに、夜中に初詣行きたくない・・・。

でも、仲の良い友達とは行った。

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兄が自死してからは興味のなさが顕著になった

もちろん、兄が亡くなってから数年は、楽しむメンタルの状態ではないし、友達に会いたいとも思わなかった。

兄を亡くした当時のことは、こちらに書いています↓

イベント事への興味がなくなった、というよりは、元々好きではなかったことを、兄の死を理由に「しなくてもいい」って理由付けした。

それまで無理して明るく社交的に振舞っていたけれど、兄の死をきっかけに「本当は内向的」な私の部分が出てくるようになった気もする。

内向的=暗い、ではない。

一人の時間が好きだったり、一つの出来事を深く考えたり、人をすごく観察したり。慎重で怖がりだったり。

明るく社交的な部分もあるけど、それが私の代表的な性格ではなかった。

兄の死をきっかけに、そんなことを自分で自覚した。

何年もかかったけど。

兄の死は心を暗くするためではなく「心を静かにする」時間をくれた

なんか綺麗ごとのような感じもするけれど、人の死を考えるときって、心が静かになる気がする。

冬、夜中に、静かに雪が降り始めたときのような、シンシンする感じ。

これが「祈る」っていう感覚なのかな?

過去の大きな災害のこととか、原爆が落とされた日とか。

ただそのとき、そこにいた人たちを思うだけの時間。

自分とは関係なくても、それは、なんだかよく分からないイベントに、なんとなく参加するよりも、私は好きな時間。

心がシンってなるから、お墓参りも好き。

本当の自分をとり戻せたのは兄の死がきっかけの一つ

無理やりな理由付けかもしれないけど、兄の死をきっかけに、私は「本当の自分」を取り戻してきたような感じがする。

これは、兄が亡くなったことを肯定するわけでは、決してないです。

兄が死ななかったら、別の出来事が起きて、私に何かを気づかせたんだろうね。たぶん。

短大生のころ、私は一番無理をしていた。明るくて、人懐っこくて、元気で、テンション高めで、「人が大好き!!」なキャラだった。

短大生のときは、親元を離れて、縛られていたものからの解放感があった。

本来の私は、明るいときもあるけど、テンションはさほど高くない。人との距離感も保ちたい。いつも眠たいし、別に人が全面的には好きではない(笑)

兄が亡くなってからは、あんまり友達に会わなくなった。自分からはあんまり誘わなくなった。

それが、なんか楽だなと気づいた。

世間に合わせて、謎のイベント事を無理して楽しまなくて良い。

サッカーが盛り上がっていようが、甲子園が盛り上がっていようが

朝ドラが面白かろうが、SNSで動画がバズっていようが

興味のないものは、関心をもたなくても良い。

自分が本当に好きなこと、好きな過ごし方で生きたら良い。

兄はそうは出来なかったのかなぁ。

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