“迷惑をかけたくない”は本当の気持ち?その背景には過剰に気にする人の目

「迷惑をかけたくない」という言葉をよく耳にします。

日本人の特色だなと思うこともあります。

この言葉をもう一歩深く考えてみると、本当にそう思っているのかな?と疑問がわいてきます。

実は、「迷惑をかけたくない」と言いながら、背後に隠れている本当の気持ちは、別のところにあるのではないかと考えました。

そして、「迷惑をかけたくない」という考えは、’生きづらさ’のひとつだと私は思っています。

この考えを少し変えると、生きやすく気持ちが楽になります。そのために、まずは深掘っていきます。

目次

「迷惑をかけたくない」の正体は「迷惑をかける存在だと思われたくない」

「迷惑をかけたくない」って言ったことありませんか?

いっぱいある

「迷惑になるから」って聞かせるのも迷惑だと思って言えなかった

他人に面倒をかけたくない、自分のせいで迷惑をかけるのは恥ずかしい、申し訳ない。

そんな気持ちから来ているのは事実ですね。

その気持ちを否定したいのではありません。責めたいわけでもありません。私は以前、こじらせていたとき、よく「自分の存在が迷惑」と思っていました。

今思うと、「それ、本当?」「なんか違和感を感じる」と私は思ったんです。そこで考えてみました。

この言葉の背後に隠れているのは「迷惑をかける存在だと思われたくない」という考えです。

この考え方は、結局、自分も他人も疲れてしまいます。

「迷惑をかけたくないから」を何かの理由にするときは、

  • なんかそれっぽい理由になる
  • 誰も傷つけない理由になると思っている
  • 外面というか、体裁を気にしている

このような背景があります。

「ご迷惑になるので」と言われたほうは、「謙虚な人ね」と思うか「めんどくさいなー」と思うかに分かれる

自分を良く見せたい、という気持ちは自然なもの

人は、他人から良く思われたいという願望を持っています。これ自体は自然な感情です。この感情が役に立つこともたくさんあります。

良い人だと思われたい

けれど、その気持ちが過剰になると、かえって自分も他人も疲れてしまいます。

「迷惑をかけたくない」という言葉も、その背景には「良い人に見られたい」という思いが隠れていることが多いんです。

これ自体は悪いことじゃないけど、それに縛られてしまうとしんどいですよね。

本心を偽ってまでやると、しんどい

ちなみに、「良い人と思われたい」と「嫌われたくない」は、言葉は違えど目的は同じですね。

視線が他者から向いているか、自分から見ているか

「視線の方向性」から考えてみます。視線の方向は、大きくふたつ。

  • 他者から自分へ矢印が向いている状態
  • 自分から他者や周りを見ている状態(自分から矢印が向いている)

「生きづらさ」を抱える人の特徴は、①の場合がとても多いです。

みんなが僕を見ている・・どう思われてる?

このような状態になり、心が穏やかではいられません。

こんなに気を遣っているのに!このときの視線の方向はどっち?

「こんなに気を遣っているのに!!」と訴える人がいます。辛辣に聞こえるかもしれませんが、実は相手をちゃんと見れていない状態なんですね。

私も過去、こじらせているときは「私ばかり気を遣ってる」「人の顔色をうかがってる」「私は人の気持ちがわかる」みたいなことを、よく思っていました。

これは、自分から相手を見ているのではなく、「相手からどう思われているのか」を過剰に気にしている状態といえます。

相手をちゃんと見れてたら、人間関係うまくいってるはず

相手から「変なヤツだと思われたくない」「できる人だと思われたい」と、このような考えが根本にあります。

恥ずかしー

結局考えているのは自分のことだけだった・・・

それよりも「この人はこういう人なんだ」「あの人はあんな人なんだ」と、自分から周りを見ることを意識していくと、徐々に生きづらさが軽くなっていきます。

自分から見るっていう意識のほうが、疲れないよ!

迷惑をかけることは本当に悪いこと?

ここでまた少し視点を変えてみましょう。

そもそも「迷惑をかける」ということ自体、本当にそんなに悪いことなのか?

例えば、子どもが親に手をかけてもらうのは当たり前のことですね。でも、親はそれを迷惑だと思わないし、むしろ嬉しく思うでしょう。(虐待をするような親の話は、また別です。)

うちの猫が大事なものをかじっても「迷惑かけやがって!!」って思わない

大人になってからの人間関係でも、お互いに助け合うことで関係性が作られます。

心理学では、「相互依存」という考え方があります。これは、お互いに自立した人間と認めた上で、助け合うという意味です。

「共依存」とは全然ちがうよ

共依存は、お互いの自立を阻害することで関係を保っています。

何が言いたいのかと言うと、迷惑をかけることを恐れるあまり、自分を押し殺してしまうのではなく、時には他人に頼る勇気を持つことも大切です。

僕は道路も車も作れないから、作ってくれる人に感謝よ

お互いに、苦手なことやできないことは協力し合えるといいですね。

頼れることは頼ったほうが、自分も相手も嬉しい気持ちになれます。

迷惑をかけても大丈夫な関係を築こう

実際に、どうしたら「迷惑をかけたくない」という気持ちに縛られずにいられるのか?

大切なのは、相手との信頼関係を築くことです。信頼関係があれば、「迷惑をかけても嫌われない」という安心感が生まれます。

そのために、日頃から自分も相手を助けることを意識してみると良いですね。

おせっかいにならない程度に

また、自分の気持ちを素直に伝えることも良いですね。

「本当は頼りたいけど、迷惑をかけたくなくて…」「頼り方が分からない」と正直に話すことで、相手もあなたの考えが分かって安心しますよ。

今の自分の状態をそのまま伝えると◎

ここでのポイントは、苦手な人には頼らないことです。まずは、自分が接しやすい人に頼ってみてください。

「「人に迷惑をかけるな」と言ってはいけない」

子どもへの声かけの言葉として紹介されていますが、自分自身への声かけとしてとても役立ちます。

さいごに

「迷惑をかけたくない」という考えは、素晴らしい一面を持っています。

とはいえ、その奥には「迷惑をかける存在だと思われたくない」という別の気持ちが隠れていることが多い、ということをお伝えしました。

そして、その根本には「他者からの視線」を気にしすぎることがあります。それが、生きづらさを増やしていることも。

迷惑をかけることを恐れすぎず、時には他人に頼る勇気を持つこと。これが楽に生きるために必要なことです。

相互依存の関係を築きながら、生きづらさを抱えている人が、少しでも楽に生きられますように。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。

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