カウンセラーの「在り方」とは「良い人でいる」ことではない

中越先生の講座、基礎コース前編を修了しました。
講座は、技術やノウハウ以上に、“ほんとうに大切なこと”を教えてくれる時間でした。

カウンセリングのやり方うんぬんではなく(1年通して学ぶうちの、まだ最初のパートということもあるので)
「カウンセラーとしてどう在るか」という軸そのものの学びでした。

それはとても、本質的なことだと私は感じました。

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目次

表面的な技術ではなく、もっと根っこの部分の学び

講座を受けて印象に残ったこと、そして私の中に、新しい考え方として大切にしたいと思ったことがあります。

カウンセリングはテクニックの上手い・下手で決まるものではなく、
もっと深い、人としての姿勢や在り方が大事
だということ。

そもそも「上手い・下手」という発想自体が上下関係をベースにしていて、「横の関係を大切にする」カウンセラーマインドから大きく外れていること。

さらに、そもそも・・・相談者が抱えてきた背景を想像すると、
その人がここに座ってくれていること自体、本当にすごいことなんですよね。

私自身、初めてカウンセリングを受けたとき、本当に辛くて辛くてもうどうしようもない、そんな状態でした。もうぐちゃぐちゃでした。
でも、それを全然言葉にできなくて、自分でもわけがわからない。もう入り組みすぎていて何に悩んでいるのかも自覚できていない。
死にたい。でも私は兄が自死したので「私は死ねない。周りに迷惑がかかるから。」と自分を縛って、「逃げたいのに逃げ道がない」というような感覚でいました。
苦しさをどう伝えればいいかも分からなかった私は、とてもまともに対話ができる状態ではなかったと思います。

カウンセリングに行って良かったと思えたのは、親身に話を聴いてくれたからです。

もともと人とのコミュニケーションがとても苦手だった私。
こんなに「私の言っていることを受け入れてもらったような感覚」は、ほとんど初めてでした。

自分が「生きる」という方向へ進んでいけたのは、確実にカウンセリングを受けた経験があるからです。

親身に聞いてくれる友人はいますが、心のどこかで「こんな重くてわけのわからない話して申し訳ない・・・」と思いながら話すと思います。

で、どこか本音の本音ではないような感じ
本音には近いし、部分的には本音なんだけど、「友だち」という仮面をつけて、ときどき私自身の「この友だちにはこのことは隠しておこう」「こう思われたら嫌だな」という考えを挟みながら話すことになる。

だから、どれだけ聴き上手な友人であっても、思う存分には話せない(私の場合は)。

だからこそ「カウンセリングの場」は本当に必要だなと、改めて感じました。

カウンセラーと相談者は“対等”であり、むしろ尊敬の想いがあ

カウンセラーと相談者は上下関係ではありません。

これは、私も自分自身の体験から感じたことです。

むしろ、相談者が
「こんな状況の中でも時間とお金を使って、自分を見つめようとしている」
その姿勢に対して、自然と尊敬の気持ちが湧きます。

うまく言えなくても、迷っていても、どう言えばいいのか分からなくて考えすぎていても、
こんな話していいのかな?カウンセラーさんが困らないかな?
私の話や気持ち、本当に分かってくれるんだろうか?こんなことで悩んでるってバカにされないだろうか?

こんな思いががんじがらめになっていても、
どうにか言葉にしようとするその勇気が、もうすでに尊いこと。

講座の中では、こういうことにもたくさん触れていきました。

上手い・下手ではなく、信頼関係をどう築くかが本質

カウンセリングは競技ではないです。

コーチングとも少し違う。

成果を出すためのコンサルとも違う。違うというか、もっともっと手前のことをしている感じ。

大事なのは、
どれだけ安全であたたかい対話の場をつくれるか。

話がうまいか、説明が得意かよりも、
「この人の前なら安心して話していい」と思える空気を育てること。

それが、カウンセラーの一番の仕事なんだと思った。

カウンセラーが安易な助言をしたり、指示したりとかではない。
相談者さんが主体的に生きていくために、相談者さんの内側から湧く希望を照らすイメージ。

カール・ロジャーズの「来談者中心療法」は、カウンセラー自身の在り方を考えさせてくれるものでもある。私はそう感じました。

だからこそ、カウンセラーでいる自分が「何か結果を出さなきゃ」とか「絶対に’気づき’を得てもらわなきゃ」とか意気込む必要もないんですね。

“良い人でいようとすること”がズレを生む

講座を通して強く感じたのは、
カウンセラーが“良い人”になろうと頑張る必要は全くないということ。

・嫌われないようにしよう
・優しく見えるようにしよう
・無難な言葉を選ぼう

そんな「いい人モード」は、実は相談者に伝わってしまう。

とても繊細な状態で、カウンセラーの表情や声色を見る感度も鋭い。だから、余計に「いい人でいなきゃ」とか「話の分かる人でいなきゃ」とかいう態度は、すぐに透けて見えます。

そして何より、自分が苦しくなるんですね。

カウンセリングの場で大切なのは、上っ面の優しさではなく、人としての誠実さ。

まぁ、完璧には難しいところもあるし、ケースバイケースなところもあると思います。

「カウンセラー自身が、自分の気持ちに共感して、受容していて、自己一致している」

これを目指していることが、私は根本的なところだと学びました。

本当に必要なのは「自己一致」。でも完璧じゃなくていい

とはいえ、自己一致も“完璧である必要”はぜんぜんない。

自己一致とは、
いつでも100%本音でクリアにいましょう、ということじゃなくて、

「今の自分はどう感じている?」
「どこかズレていない?」
と気づこうとする姿勢。

もっと自分なりに細かく言うと「何を思ってもいいよ」と自分に許可してあげること。

カウンセラーだって揺れるし迷う。
でも、その揺れを隠さず、誠実に向き合おうとするリアルさが、
相談者の安心につながる。

こんなふうに感じて、どこか気持ちが楽になりました。

完璧さより、本音。
優しさより、誠実さ。
形より、在り方。

「学び」というとノウハウや知識に偏りがちな気がしますが、私はこの「在り方」について学んで良かったと思っています。

相談者さんのためでもあり、もっともっと手前の、自分のためでもあり。

やっぱりガチガチになって「話を聴かなきゃ!」「傾聴を完璧にしなきゃ!」「絶対にアドバイスはしてはいけない!!」みたいに思いながらするカウンセリング、なんかうまくいかないと思うんですよ。

とても優しくて人に対してとても気を遣う相談者さんならなおさら、「先生のおかげで楽になりました。ありがとうございました。」と、こちらにまで気を遣って言うことになる。

でも、胸の内側はモヤモヤしたまま・・・。

「私は、どこに行っても、誰に話しても、やっぱりダメなんだ。」
そんなことを感じながら、せっかく出てこようとしていた本音にまたフタをする。

そんな絶望があることを、見落としてはいけない。

そんな風に、今は思っていることが、私の本音です。

おわりに:リアルで誠実な対話が、人を安心させる

カウンセラーの在り方とは、
「良い人でいること」でも、
「完璧になること」でもない。

揺れながらもいいので、本音に向き合おうとする姿勢。
リアルな自分で誠実に関わろうとすること。

その在り方が、あたたかな信頼をつくり、相談者が安心して本音を話せるようになる。

今回の講座で学んだのは、
技術の前に“人としての在り方”が大切なこと。

その深さや安心感が、私の心にいちばん響きました。

同時に、私に欠けていたところだったと気づけたし、変に自分を追い込む私に必要なことでした。

講座で学んだことは、短い言葉で端的にまとめられないです。そこもまた、リアルなところで、そのままこうやってつらつらと言葉にしてもOKだよねって、なんだか気楽に捉えています。

これは学びを通して、私なりに固めた考えです。

また、引き続き学んでいきます。というか、一生学んでいたいですね。

学ぶことが幸せです~。

こちらの動画は、中越先生のyoutube
「リアルガチ・カウンセリング」に参加させてもらったものです。

傾聴ってどんなものか。私はとてもスッキリしたし、自分の価値観というものが、自分で話していくうちに出来ていったなぁと感じています。

私の話が、何かお役に立てるとても嬉しいです!

こちらは中越先生が書かれた本です。相談者さんの中にある希望、カウンセラーの在り方が丁寧に書かれています。カウンセラーの必読書。

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