生きる理由は回復でも希望でもない 自死遺族の言葉

自死遺族は、自分がこれから元気にハッピーな人生を歩むために生きたいのではない。
分かち合いの会はそのためではない。


「あの死はなんだったのか」


この答えをずっと探しているだけなんだ。



かつての講演会で、私がお世話になったNPO代表のこの言葉が、いつまでも心に突き刺さってる。

目次

物語にできない


いったい「あの死」は何だったのか。

そこから何かを学べというのか。

辛い体験を乗り越えて「私はこんな風に乗り越えました」というものが、ひとつのストーリーになる。

でも私は、兄の自死のことを、物語にできない。

そんな綺麗に回収できない。したくない。

綺麗にしないと生きていけないのか。

泣かせるストーリーにしないと、重すぎるのか。

まるで一瞬で全身が凍ったように
まるで一瞬で身体の血を抜かれたように

兄はどこへいったのか

兄は何を考えて、何を思って、何を見て

自分をどんなふうに捉えて
世界をどんなふうに捉えて

いったいどこへ行ったんだろうか。

遺書には「消えます」と書いてあった。

消えないでしょ。バカなんじゃないの?

私はいつまでこんなふうに思い続けるんだろうか。

私が死ぬまで思い続けるんだろうか。

人生のB面はB面で、続いていくのかな。

読んでくださり、ありがとうございます。

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